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NSGカレッジリーグ 平成26年度 第3回 志・未来塾

第3回テーマ:「お金でなく人のご縁ででっかく生きろ」

講師:有限会社 クロフネカンパニー代表 中村文昭先生


■講師プロフィール

昭和44年三重県多気郡大台町大杉に生まれる。18歳の時、家出同然で単身上京、職務質問を受けたお巡りさんが友人第1号。弟のように可愛がられ、仕事・食事の世話をしてもらう。ある日、そのお巡りさんに連れてもらっていた焼き鳥屋で、人生に影響を受ける大物リーダーに出会う。大きな事業構想とロマンに惹かれ、その場で弟子入りを決意、彼の商売(野菜の行商)を手伝い始める。

将来の基盤をつくるために、毎日、300円の生活。お金を節約する熱心さに感心した農家のおばちゃんにかわいがられ産直方式をヒットさせる。19歳の時、行商で得た資金を元に六本木に飲食店を開店、店を任せられる。その後、様々な方法でお客様を満足させて、5店舗まで拡張。

21歳の時、三重県に戻り伊勢市で10席の飲食店「クロフネ」オープン(1号店)。三重No.1のお客様に喜ばれる店づくりで、お客様を徹底して喜ばせて大繁盛させる。

26歳の時、リビングカフェ「クロフネ」をオープン(2号店)。若者が、本当に楽しく、皆に祝福されるようなレストラン・ウェディングを始め、演 出を手がける。現在、リビングカフェ・クロフネにて年間50組の手づくり結婚式を行い、伊勢でダントツの人気No.1店となる。

現在、自分の経験を活かした講演活動・人材育成にも力を入れ、一方で離農が進んだ北海道の農地をお借りして、都会でひきこもり・ニートと呼ばれる若者達と一緒に農業を行っている。

-中村 文昭 氏

 BMとNABIでは既に3年目になりますが、志・未来塾では初めてです。喜多川さんも、この次にくる大嶋さんも植松さんも、よく知っています。かなりすごい顔ぶれです。

 特に、植松さんは画期的でとても安価なロケットを飛ばそうとしている人です。最終的な目標は、宇宙空間に浮遊する「宇宙ゴミ」を掃除する(回収する)ことだそうです。とてつもなくスケールが大きい話です。この人は、「どうせ無理」という言葉を世の中からなくそうとしていて、きっと皆さんの人生にもプラスになるはずです。

 これらの人達の話を聴くことで、多分、皆さんの今までの経験とは別の世界が見えてきます。自分の物差しで測れない人との出会いや経験が、成長につながるのです。なぜなら、人は出会った人の真似をすることで成長が始まるから。そんな気持ちで、今日の話も聴いてください。

■私の高校時代

 僕は、高校のとき(皆さんとは違って)悪さばっかりしてました。高3の時なんて、近くのスーパーで盗ってきた品物を展示即売会までやってたりして、そのうち友達から注文とってまで盗りに行ってた。おかげで、28日もの停学をくらいました。その28日の停学が終わったらすぐ、今度は大学の更衣室にみんなで忍び込んで、重みで天井が落ちてバレちゃった・・・なんと86人も謹慎処分を受けて、僕のクラスなんて43人中38人が謹慎でしたから、インフルエンザでもないのに学級閉鎖状態でした(笑)。

 勉強した記憶なんか、高校時代には全くないです。でもね、僕の兄は違ってたんです。一生懸命勉強して、国立の大学にも合格。ところが、ある日兄が両親に向かってこう言うんです。

「俺は、高校で何もしなかった訳じゃない。お父さんを説得するために、一生懸命勉強したし、大学も受かった。でもな、俺は大学行く気はない。プロのカメラマンになりたい。俺、親父みたいな人生だけは嫌や。自分の夢とか希望を追いかけずに愚痴を言い続けるような、そんな人生だけは絶対に嫌や。」

そりゃもう親父は激怒ですわ。大げんかの末、親父がタンスから10万円掴んで投げつけるのを、涼しい顔して拾った兄、そして僕に向かって小さく「予定通り、予定通り。」と言った兄の顔が忘れられません。

 兄は、公言どおりカメラマンのアシスタントになりました。月給3万8千円で5年間昇給なし。それでも、お金が足りないなんて一度も言ったことありませんでした。

 皆さん、分かりますか?幸せって、自分で感じることなんですよ。ある職人が言うに「幸」という字は象形文字で、手足を縛られてる。けれども、そこから幸せな何かを見出そうとする人を表してるんだそうです。

■兄を頼って東京へ

 僕は、そんな兄を尊敬してましたから、高校卒業すると同時に兄と全く同じ行動をとりました。(ただ、親父からグーで殴られはしたものの、10万円は投げてもらえませんでしたが。)何とか手持ちのお金数千円を握りしめ、東京の兄のところに転がり込みました。人間、それでも何とか生きていけるもんです。皆さんが学校で習っているような、「夢を持とう、そして実現に向けて努力しよう」というパターンとは全く違います。僕は、未だかつて夢や目標を持ったことがありません。

 そんな東京でのある日、ひょんなことがきっかけで焼き鳥屋さんである人の隣に座りました。26歳、熊本から出てきたというその人の話に感動して、その場で弟子入りを頼み込みました。その人は、軽トラで野菜を売ってる人でした。かなり驚いて、「そのためにわざわざ東京に出てきたんですか!?」と訪ねてしまいました。答えはNOでした。

■師匠について

 僕の師匠となったこの人は、熊本で一番の進学校を出て早稲田にストレートで入学するほどの人です。高校時代から東京のOB会に顔を出しては人脈を作り、家庭教師派遣業の準備を進めていました。早稲田に進学する頃にはお客が付いていて、夏休み前には会社を設立し、あまりの忙しさに途中から大学に行けなくなり、22歳で倒産してしまいました。それで出来た借金を返すための、野菜売りだったのです。僕は、師匠が野菜売りを始めて4年半のところで出会ったのです。

師匠は居酒屋で初めて会った僕に、「なぜ大学でやったビジネスが失敗したか」について教えてくれました。それは「お金の出口」についてでした。失敗したときの師匠は、お金の出口が全て自分のためだけだったそうです。これだと必然的に「他との比較」にだけ気持ちは行ってしまいます。人よりもいい服、人よりもいいクルマ・・・これではいつか終わってしまうのです。

師匠は僕に言いました。「お前がそこそこの幸せでよければ、そういうつもりで接する。突き抜けたければ、相当厳しくするぞ。」

僕はあまり深く考えないタイプですから、「じゃあ、突き抜けるコースでお願いします。」って言ってしまいました。そこからは、刺激的な野菜売りを手伝う日々が始まりました。

 そんなある日、師匠から「そろそろ独立したほうがいい。」と言われました。「お前ならできる。」とも行ってもらえました。ただ、独立にはお金が必要で、僕はわずか21歳にして850万円ものお金を準備する必要がありました。師匠は「借りればええ。」と軽く言いますが、どうやって借りていいかさえ分かりません。仕方ないから、親父が使っている銀行に行って頼んでみたら、「お父さんが保証人になるなら貸せますよ。」と言われました。出て行った経緯からしてどう考えても無理なんですけど、親父しか頼れる人がいません。仕方なく、両親が夕食を食べ始める頃を見計らって実家に行きました。当然、親父は激怒しましたが、一晩かかって「決死の座り込み」で分かってもらいました。夜が明けた7時半頃、「お前、本気みたいやな」と言われて銀行に付いてきてくれたとき、そして銀行の支店長に向かって半分泣きながら「アホな親でっしゃろ?それでも、こいつの話に感動したんや。やらしてみたいんや。」と言ってくれたとき、僕も涙が止まりませんでした。

 こうして、僕は850万円を用意すると決めたときから24時間以内に、その全額が手のひらに乗っていました。人間、行動すればなんとか道が開けるもんです。

■独立から飲食+ブライダル事業を立ち上げへ

 当然、独立にあたっては高校時代の先生や友達に相談しました。ただ、そのとき言われたのは次の3点セット。

「絶対、無理。」「お前にできる訳が無い。」「世の中をなめるな。」

ただ、皆さん。学校の先生なんて借金して事業を起こしたことがない人達です。頼るなら、その経験がある人を頼らないとだめです。

 僕は、そんな周りの反応もバネになってか850万円の借金を7ヶ月で全額返済しました。その後、今度はブライダルのできるレストランをやりたくて23歳で2億3千万の借金をすることになります。このときは、伊勢の大金持ちの社長を頼りました。すると、25億円を返済した人、40億円を返済した人の二人を紹介され、会いにいきました。その人達から教えてもらった方法は、税務署をまわって高額納税者を片っ端から訪ねることでした。税務署で必要なのは1件で200円。7カ所まわったので1,400円使いました。1位は、「赤福」の社長さんでした。かなり驚かれましたが、応援してくれて、後に、何度も店にきてくれました。結局、借金は150人に断られ続けて2億3千万をあるお爺さん(息子さんと奥さんを立て続けに亡くされた、つらい過去をお持ちでした。)と出会って借りるのに2年半かかりました。

 僕は、徹底して人を喜ばせることだけを考えてきました。目の前の人を、喜ばせることだけ考えろと、師匠から言われてきたからです。師匠が僕に教えてくれた4つの行動パターンを皆さんに伝えます。

 1)返事は0.2秒。

 2)頼まれ事は試され事。

 3)できない理由を言うな。

 4)「でも」を「こそ」に変えて、今すぐ動け。


 飲食+ブライダルの仕事を一生懸命やってるうちに、体験談を聴きたいと講演を頼まれました。そんな、人前でしゃべるなんてやったことないけど、「試され事」だと感じて会話してるうちに「初めてですけど、やらせてもらっていいですか?」と返事をしていました。そして、やってみたらウケた。それが録音されて、コピーが知らない間に広まっていて、今では年間300もの講演をさせてもらってます。

 今、僕は引きこもりの人達を集めて北海道で土地を借りて農業を始めました。映画も撮っています。やったことないことばっかりですけど、失敗もしていいと思っています。過去の失敗に感謝して、ネタに変えられれば、周囲から人間同士のつながりが見えてきます。

 皆さん、志・未来塾でリーダーシップを学んでいるということですが、僕が思うにリーダーシップというのは「動く人が出てくる」ことだと思います。ということで、僕の体験と師匠から学んだ「周りが幸せになるための4つの行動パターン」ということでお伝えしました。周りが幸せになる事で、自分も幸せになれると思います。どうか、皆さんもがんばってください。ありがとうございました。

■編集後記

中島みゆきが、アイドル「ももいろクローバーZ」に提供した楽曲「泣いてもいいんだよ」で、こういう歌詞がある。


 どんな幻滅も 僕たちは越えてゆく

 でもその前にひとしきり 痛むアンテナもなくはない

 全然泣けなくて 苦しいのは誰ですか

 全然今なら 泣いてもいいんだよ


 人を喜ばせることは、簡単ではない。そのために自分が変わる事も、簡単ではない。厳しく辛い道を通ることも必要だろうし、社会は時としてそれを求める。

 中村さんは、人に喜んでもらえる行動パターンを師匠のもとで学んだ。楽な生活ではなかったはずだ。別の講演で話されている飲食業での修行の様子は、凡人では想像もできない程だ。しかし、その結果として手に入れている幸せも突き抜けている。

 学生諸君、今なら、辛い思いをして泣いてもいい。若いうちの特権だ。その辛い思いが、周りを幸せにするための辛さなら、きっと「あの時に、やってよかった」と思える日が来る。さあ、明日から行動だ!