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NSGカレッジリーグ 第四期 志・未来塾 第3回 期日:平成28年5月10日(火)

第三回テーマ:「共感者でなく、共動者であれ」

講師:にいがた総おどり総合プロデューサー

能登 剛史 先生


■講師プロフィール

・2002年 新潟商工会議所と新潟総踊り祭実行委員会(会長=新潟商工会議所会頭)を設立し、副会長就任。この年第1回新潟総踊り祭を開催し、50団体2500名が参加。

・2010年 「第9回にいがた総おどり」は参加者1万3千人、観客32万人を数え、経済効果34億円と発表される。「はいやくまもと2010道中踊りと観光宣伝コンテスト」において総務大臣賞受賞。

・2011年 フランスナント市に「Association Jeunesse France Japon」を開設。本格的な世界発信を目指す。

・2012年 第6回安吾賞・新潟市特別賞受賞

・2013年 「アート・ミックス・ジャパン」総合プロデューサー就任 。 

・2015年 にいがた食の陣実行委員長就任

-能登 剛史 氏

■イントロダクション

皆さん、こんばんは。実は、僕がこの「志・未来塾」で講演するのはもう4回目。毎年呼んでいただいて、未来への想いについてお話しすることができ、とても感謝しています。僕は「にいがた総おどり」に加えて、後でお話しする「アートミックスジャパン」、そしてこれは意外に知られていないのですが「にいがた食の陣」にも実行委員長として関わっています。「志・未来塾」はとても素晴らしい取り組みで、今夜のお話が「心に描く想いって、実現していくんだ」という気付きや、お互い共感し合える仲間にとの出会いのきっかけになるようなものにしたいと思っています。よろしくお願いします。

■アートミックスジャパン

 まず、アートミックスジャパン(以下、AMJ)。4回目を迎えたこの催しは、全国から伝統芸能を集めた、まさにALL JAPANと言えるもので、先日の5月7日・8日に開催されました。

 普段の生活に密着して存在するはずの伝統芸能ですが、観るために足を運ぶ機会がなかなかない。それは伝統芸能が持つ敷居の高さに起因するのですが、AMJは1公演が45分以下に設定されていて、その枠の中で雅楽・太鼓・笛・能・歌舞伎を見ることができます。また価格も安く設定してあるので、伝統芸能を「はしご」できてしまいます。また、全公演に解説が付き、「なるほど」と理解しながら観ることができ、中には45分間、拍手がほとんど鳴り止まないものまで出てきました。

 歌舞伎や舞台芸能を観ていてなぜ眠くなるのかというと、理解できないからです。これは、人生も同じです。感心のしどころ、関心の対象が分かれば、面白くなります。

 さて、先日のAMJの会場で、あるお母さんが教えてくれたことですが、8才の子供が落語のCDを欲しいと言うのだそうです。日本が誇る伝統芸能は、ファンが年をとって廃れてきています。これを未来に引き継いでいくには、ファンを継続して抱える必要があります。そういう意味では、このイベントを通して、例えば狂言や落語を子供さんが観に来るようになった。これは、とても嬉しいことです。

 多くの地方都市では、自分のアイデンティティをよく知らない人が多いです。僕が海外に行った時に認識したことですが、自分の国や街の文化を知らないと、外国人と理解し合えません。だから僕は、今年のAMJを開催するにあたってスタッフに「AMJが日本を代表して、日本の伝統芸能を新潟から紹介する。新潟を日本一の素敵な街にしたい。」という想いを伝えて本番に臨みました。

 こういう大きいことを実行する時の気持ちですが、「よし、やろう。」じゃなくて、「やるんだ!」という強い想いを持つことが必要だと思います。「よし、やろう。」って、ちょっと気持ちとしては重苦しいですよね?(笑)これでは、なかなか共感を得られないと思うんです。

 さて、「やるんだ!」で始めた第一回のAMJ。わずか6か月程度の準備期間しかありませんでした。芸能家の知り合いなんて全くいなかったけれど、直接電話して趣旨を説明したら、「そういう取り組みを待っていた」と言われて出演のOKをもらったのを覚えています。それを積み重ねて、なんとか10公演。収支から考えて約7,000枚売らなきゃならないところでしたが、開催2週間前でチケットの売り上げ速報で、なんと400枚しか売れていませんでした。たった400枚!相当焦りました。しかし、結局は告知が全く届いていないということも分かり、そのまま当日を迎えました。最もひどい会場では、定員1,800のところに20人くらいしかお客さんがいない。スタッフ一同も意気消沈し、泣き出すスタッフさえいたほどです。

 そんな大失敗の第一回を終えた時、僕はスタッフに「絶対、次もやろう!将来、このイベントを通じて世界に伝統芸能を発信するんだ!」と言っていました。それは、お客さんに「せっかくいい公演なのに、もったいない・・・」と言われたことが胸に残っていたからです。

 そして次の年、ようやく収支差額がゼロ、3回目でなんとか黒字にすることができました。わずか400枚の売り上げでスタートしたAMJが、なんと来年はメキシコで同様のイベントを開催できるまでになりました。強い想いを持って行動することで実現できるのだと実感していますが、これは一直線にゴールまで突き進むというより、10回のうち1〜3回ヒットするような感覚です。これは、人生を生きる上でのヒントにもなると思います。亡くなったスティーブ・ジョブズをはじめ、どれだけの発明家や実業家が人生の中で挫折をしてきたか。いくらでも例が挙げられます。皆さんも心しておいてください。そして失敗したときこそ、周囲の人からパワーをもらうのです。

■にいがた総おどり

 次に、にいがた総おどり(以下、総おどり)です。これは、もう15周年を迎えるのですが、毎年9月の中旬に万代地区を中心とした10〜12会場で行われる踊りのイベントです。ジャンルは、民謡でもHipHopでもなんでもいい。全国でもこんな多ジャンルの踊りのイベントはおそらくないでしょうし、最近は横浜や鶴岡でもこれを「新潟方式」として取り入れて開催するようになったようです。参加チームも県内の全市町村に加え、全国14の都道府県から参加チームが集まっています。また、新潟大学では総おどりを学ぶことで単位となる仕組みがあるそうですし、今年から新潟県立大学もそうなると聞いています。

 このイベントのルールはたった一つ。「心が躍っていること」です。

 ここで、皆さんに一つのエピソードを紹介します。それは、ある田舎の街にある学校のお話です。その学校は、いわゆる「荒れた状態」にあったのですが、一人の先生が「出場してみよう」と生徒に呼びかけて総おどりに参加することになり、練習がスタート。それを知った地域のおじいちゃん・おばあちゃんが衣装の支援をしてくれることになりました。練習から本番までを通して、生徒たちは一体感・達成感を味わい、学校生活が充実し、さらには地元の福祉施設の慰問まで行うようになり、ついには「地域で求められる学校」に変わってしまいました。

 一方で総おどりには750名を超えるボランティアスタッフが関わっています。大学生、社会人、もちろんNSGの専門学校の生徒さんもたくさん手伝ってくれています。踊りという表舞台ではなく裏方として、今までに知らなかった人と出会い成長していくのです。僕は、成長とは感じたことや経験したことを人に伝えること、人と共有することだと思います。

 また、総おどりには、県知事賞や市長賞などの表彰も取り入れられていて、NSGの学生チームが大会会長賞を受賞したこともあります。賞を取るためのイベントではないのですが、是非皆さんも参加して、先輩の想いを受け継いで欲しいです。

■にいがた総おどりの実現に向かって

 僕は元々、新潟県外の人間です。県外から来た僕から見れば、新潟は以前北前船の交易で栄えた港町。人口が日本一だった時期もあり、当時のあらゆるビジネスマンをもてなすために文化や伝統芸能が発展した街です。

 僕が総おどりを立ち上げる時、単なる踊りの祭りではなく、感動を生み出して次の世代に伝えていけるものにしたいと思いました。それを祭り、しかも100年続くものとして実現したかったのです。「それを、自分たちがやるんだ」と思うと、当時は楽しくて仕方ありませんでした。祭りは地元のアイデンティティに触れるものでなければならないと思っていろいろ探しているうちに、今で言う「下駄総おどり」に出会いました。伝承している方に会い、力を借りることになりました。踊り手の衣装は、あらゆる生地で試したものの上手くいかず、結局はインドのサリーに行き着きました。現地に飛んで生地を買い付け、新潟で縫製をお願いしてなんとか形になりました。

 今の日本では下駄そのものをあまり見ませんが、舗装されていない道路でぬかるみや小石などから足を守る、いわばハイヒールのような役割だったのかもしれません。また、踊りの伴奏に使われる樽は、新潟で盛んに製造されていた醤油や酒と密接に関わっています。昔の古町は町中を掘りが巡っていて、74もの橋がかかっていたそうです。そう考えると、下駄を履いた人が、軽快に樽を叩くリズムに合わせて、橋の上で踊った即興のタップダンス・・・そういうシーンを想像できますよね?ワクワクするじゃないですか。

 衣装、振り付け・・・とても苦労しましたが、周囲からどう言われようとやりきる決意、考えるべきことはとことん考える、そういう所からしか物事は始まらないのだと思います。

■価値観と成長

 唐突ですが、僕はTVを一切見ません。NHKであってもニュースであっても一切見ません。人の選んだニュースに関心がないですし、強制されたくないのです。皆さんはどうですか?これが多くの人と僕との、大きな差だと思います。では何からインプットを得るかというと、本を読みます。また、県外であってもいい演劇や舞台があれば観に行きます。

 以前、ある音楽プロデューサーの方と知り合って食事をご一緒した時、芸能人の柴崎コウさんとお会いしたことがあります。とても可愛い人だと思いました。何が言いたいかというと、TVなんて見なくても可愛いものは可愛い。人が何と言おうと、他人の価値観の中で生きてはならないと思います。皆さんも、TVを見ないなどの方法論は別として、自分の価値観を大切にしてほしいと思います。ただ、他人に迷惑をかけてはいけないというのが前提ですけどね。

 そして、自分の価値観の中で見出される夢を、描けるだけ描いてください。リスト化するくらいたくさん描いてもいいと思います。そして、友達とそれを話すことによって共有してください。全部叶えるのは無理かもしれませんが、叶えるために行動している自分の夢を、胸を張って人に言えるということは、とても素晴らしいことです。また、一度やり始めたことは、失敗してもやり続けてください。失敗することで課題が見えて、それが成長につながるのです。

 今、フランスのナント市に総おどりの事務所があります。こういう祭りの海外事務所というのは、非常に珍しいです。これは、フランス人との文化交流のためにSkypeで交流したことから始まったのです。よく、一期一会と言いますが、皆さんには本当に出会いを大切にして欲しいです。共有や共感は、今やネットの発達によってSNSなどでも可能です。肝心なのは、感じたら動き出して欲しいということです。

■祭りができるまで

 ここからは、総おどりを立ち上げた時のお話です。あれは僕が18歳、バンドをやっていた高校3年の時に結婚して子供ができました。だから今、子供が23歳で僕はきっともう直ぐおじいちゃんになるのかなと思います。

 結婚して子供もいる状況の中で、宝石の仕事がしたいとアメリカに留学しましたが、あまりにも儲けが優先された状況が嫌になり、もっとクリエイティブな仕事がしたいと帰国。飲み屋さんなどを回る瓶運びの仕事でなんとか生活を維持する毎日でした。この仕事は、あまり人とも会わないし、変化もないことから「牢獄にいるようだ」と思うようになり、「俺にはもっと夢があった」と一人で涙することさえありました。

 その後、あるご縁で東京の宝石店に勤めることになり、新潟に支店を出す計画が持ち上がり、再び新潟に住むことになりました。この宝石店での仕事を通して様々な人に出会い、その一方でボランティア活動という世界を知りました。

 元来から、「まずやってみる」という気質を持っていた僕は、ボランティア活動をやっているうちに、自分の使命を知ったというか、使命に出会ったような気がしました。そこで、若い人のボランティアグループを立ち上げ、ラジオドラマを作ったりするうちに、「すごく人が集まって盛り上がっているイベントが高知にあるらしい」ということで「よさこい祭り」を知りました。それで高知から踊りのチームを呼んで市内で演舞をしてもらったことで、僕の人生は大きく変わりました。だって、例えば金髪のチャラチャラして見えるような人が、全身を振り乱して一心不乱に踊るんです。その姿が、一生懸命に生きる姿に見えたんです。そして一通り踊り終えたそのチームの一人が、マイクを持って観衆に呼びかけました。「ありがとうございます。さぁ、最後に皆さんも一緒に踊りましょう!」・・・すると、600人程の、あまり行動的とは思っていない新潟の人たちが、思い思いの振り付けで一緒に踊りだしたんです!僕は、巨人に心臓を鷲掴みにされたような気持ちになりました。それだけ、心を揺さぶられた出来事でした。

 この感動が忘れられなくて、当時の新潟市店長という立場を退職することで棄て去り、身の回りのものを全て売り払って、残ったパソコン1台で総おどりの準備を始めました。周りの人は99%が賛同してくれませんでした。

どうすればいいか全く分からなかったし、お金もそんなにないので、片道切符を買って高知へ行きました。高知市役所で、当時の自分が持っていた情熱を全て注いで、祭りの実現について聞いているうちに、当時の高知市長と会えることになり、協力をお願いしました。「人が欲しい、もっと言えばお金がない」・・・こんな僕の話を、当時の高知市長は真剣に聞いてくれて、協力を承諾してくれました。新潟で祭りが実現した時には、一流のチームを派遣するとまで約束してくれたのです。涙が出るほど嬉しかったのを、はっきりと覚えています。

 そしてその話を新潟に持ち帰り、商工会議所、市役所、県庁に持ち込んで、支援を取り付けました。祭りを実現する組織が整っていったのです。肝心の踊りについては、誰もが初めてでしたので、毎日、絨毯が硬くなるまで練習に明け暮れ、祭りのチラシは方々から裏紙をもらって作りました。また、企業を回って協賛をお願いしましたが、当時3,000円の協賛金がなかなかもらえないのです。そういう活動を続けているうちに、県から600万円の助成金をもらうことができました。参加チーム集めは、自分たちの演舞を見てもらうことでイメージを伝えて少しずつ募っていき、第一回は50団体2,500人の参加者でスタートしました。

■動いて欲しい

 みなさんが所属するNSGの池田さんにも、第一回の開催の頃にお会いして、こういう祭りをやりたいとプレゼンをしたところ、「よし、やるぞ!」と即答頂いたのを、今でもよく覚えています。今では、たくさんの専門学校から踊りの参加、ボランティアの協力を頂いています。ぜひ、皆さんも先輩に続いて、にいがた総おどりから「何か」を得て欲しいと思います。体験をして欲しいと思います。やるか、やらないか。それを選ぶのは自分自身です。

 実は、総おどりのラストには、小さなお子さんにアナウンスをお願いして、主催者から会場の皆さんにメッセージを伝える場面があります。踊りの様子、そしてそのメッセージの様子をまとめた動画がありますので、最後に見てください。

今日は、ありがとうございました。

■編集後記

文章にある通り、最後に総おどりの会場から臨場感あふれる踊りの様子と、小さなお子さんのアナウンスの様子が、ザ・ビートルズの名曲「LET IT BE」をBGMとして動画で紹介された。この動画を見ることができたのは、会場で塾に参加した人だけの特典と言えるだろう。飛び散る汗、充実感に満ちた笑顔、周囲の人との喜びや達成感の共有。何かを成し遂げた者だけが分かち合える、言葉では言い表せない感情が、その動画から読み取れた。

 ザ・ビートルズのLET IT BEは、メンバー間の人間関係に悩んで人生のどん底にいたポール・マッカートニーの夢枕に、彼の母親が立って「すべてをあるがままに受け入れなさい」と彼に語ったことがきっかけで生まれたとされる名曲だ。

 新潟人はあまり前に出ない気質だと言われることがある。しかしこの祭りを見る限り、なんと情熱と躍動感にあふれていることか。しかも、それが港町新潟のアイデンティティであるというから、ますます驚きだ。情熱、躍動・・・実は多くの学生がこのアイデンティティを持ち合わせているのではないか。少なくとも、自分の学びたい分野を選んで専門学校に入学した。だったら、その情熱を隠さずに、「あるがまま」に突っ走ってみるのも悪くない。失敗してもいいじゃないか、そこから学びと成長が得られるならば。


中島みゆきの代表的な曲で、あまりにも有名な楽曲「時代」にこう書かれている。

 旅を続ける人々は

 いつか故郷に出会う日を

 たとえ今夜は倒れても きっと信じてドアを出る

 たとえ今日は果てしもない 冷たい雨が降っていても


学生諸君。いつか行き着きたい場所、いつか実現したい夢。それが胸の内にあるのなら、それを信じて「やるぞ!」と決意して前に進むことだ。それは、君自身が持つアイデンティティがそうさせるのだ。あるがままに、受け入れて前に進め。LET IT BE.