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NSGカレッジリーグ 第四期 志・未来塾 第4回 期日:平成28年7月12日(火)

第四回テーマ:「“浪速のカリスマ添乗員”が語るほんまもんのサービスはこれや! ~全てはお客様の笑顔のために~」

講師:日本旅行『おもしろ旅企画ヒラタ屋』代表

平田 進也 先生


■講師プロフィール

“浪速のカリスマ添乗員”でテレビでもおなじみの、驚異的な売り上げを記録するスーパーサラリーマン添乗員。豊富な経験と巧みな話術を生かした「平田進也と行くツアー」には若者から熟年のおば様方まで幅広い年齢層から申し込みが殺到するほど。また、最強のビジネス本や講演活動も大好評。大学時代から、TV番組「ラブアタック」の名物みじめアタッカーとし活躍、就職後もその奇抜なキャラクターを生かして、「合コン合宿・解放区」「おはよう朝日です」「探偵ナイトスクープ」などTV出演600回を超える。添乗員としても豊富な経験と巧みな話術を生かし、「平田進也と行くツアー」には申し込みが殺到するほどの幅広いファン層を持ち、「浪速のカリスマ添乗員」とも言われている。お客様からの希望で平田進也 旅行クラブ「進子ちゃん倶楽部」も誕生し、22,000名を超える会員を数える。

2009年11月に新セクション「おもしろ旅企画ヒラタ屋」を立ち上げ、社内の個性派メンバーを集め新たなユニットを旗揚げし、代表を務める。2013年より関西のラジオ局で2本の冠番組のパーソナリティを務める。

-平田 進也 氏

(平田先生、いきなりツアコンが使用する日本旅行の旗を背中に刺して登場。会場は反応に戸惑った雰囲気・・・)

■イントロダクション

こんばんは。日本旅行の平田といいます。皆さん!今、この旗見て和んだでしょ?ね?(笑)人間関係は、和まないと保てません。緊張してたら、いい仕事はできませんよ。

和むとはどういうことか?皆さんは僕を見て、どんな奴だろうと思ったでしょ?それは、僕との間に見えないバリアがあるからですよ。それを解かないといけないんですよ。商売というのは“商い”を売るんじゃなくて、 “笑い”を売るんですよ。

 僕は、ずっと人を喜ばすことにこだわってきました。サービスいうのは無限に提供できるものやと思います。お客さんは、言ってみれば「喜ばされるプロ」ですから、こちらが妥協してたらすぐ見破られます。だから僕は喜ばせるために、旅行のバスでは3時間でも4時間でもしゃべりまくります。ホテルでの食事では誕生日のお祝い、コスプレ、女装までやります。(笑)人間って、笑うと心のバリアも解くし、財布のヒモも解くんですよ。・・・・皆さん、ここ笑うとこですよっ!ここで笑わんかったら、最後まで笑うところありませんよ。(爆笑)

 皆さんも買い物しますよね。例えばスーパーで卵を買うのと、旅行でお金を使うのは全く別物です。だから、気持ちよくお金を使ってもらうんです。ところがお互いに緊張した関係だと、財布のヒモは固く閉じたまま。だから、笑いを提供して和ます必要があるんです。

 僕は今59才。子供も二人います。あっという間の人生です。今日は、子供と同じくらいの皆さんにお話しできて、本当にうれしい。この子供の話は、また後で出てきます。さて、僕の話にもどりますが、僕のファンクラブの会員が22,000人もいてくれてます。皆さんみたいな若い人じゃなくて、50代から上です。だから、毎年約3,000人は会員が減ります。死んじゃうから。(笑)ここ!笑うとこですが、あんまり笑い過ぎたら失礼ですよ、皆さん!(爆笑)

 先ほど、皆さんの学校の一部を見せてもらいました。素晴らしかった!しょーもない大学に行くより、よっぽどいい。本当にそう思いました。東大、京大がナンボのもんじゃ!いう話ですよ。だったら皆さんは「社会の東大」を出ればいいんですよ。この志・未来塾には自ら参加を希望した人が集まってくれてると聞いてますから、僕もホンネで話します。いつもは話せてない話もできると思います。

 僕は、いわゆるたたき上げでここまで来ました。仕事の過程で地べたを這いつくばる、塩をなめるような思いも何度もありました。お客さんにどつかれたこともありますけど、感謝もされました。喜びのあまり、ハグされたときは嬉しかったけど辞めてほしかった。なぜなら、80代のおばあちゃんだったから。(爆笑)

■大人しかった自分の笑いへの目覚め

僕は小学生の頃、恥ずかしがり屋で人見知りでした。音楽会があればカスタネットとかトライアングルで角っこにいたタイプ(笑)。先生にあてられても、うまく答えられませんでした。ある日、父から「存在感が、あれへん」と言われて何でもいいから一つ輝くもんを持てと諭されました。悔しかったですよ。親が真正面から自分を否定したような感じでしたから。ところがある日の学校で図工の時間、先生が僕の作品を「力強い」と褒めてくれたことがあったんです。それからは一生懸命に図工に取り組むようになって、次の通信簿では5が付きました。家に持って帰ったら、親が仏壇に通信簿を供えてくれる程に喜んでくれて、父親が「やればできるやん。」と褒めてくれました。嬉しかったですねぇ、今でもよく覚えてます。

 それから中学校に入って、いろんな小学校からクラスメイトが集まりますが、それでもまだ、人前で話せる状態にはほど遠い。ところが、入学して4ヶ月ほど経った頃、先生のモノマネで意外にウケてしまい、笑わせることの快感に目覚めました。それからは、吉本やテレビ番組を見ては、笑いの研究をするようになりました。

 大学に進んでも、軟式のテニス部の自分の方が、落研(落語研究会)やお笑いのサークルの連中より面白くて、19才のときに「ラブアタック」というテレビ番組にも何回か出場しました。

■波乱の就職活動

ところで、この頃に僕が皆さんのように「何になりたい」と考えていたかというと、全く考えてませんでした。(笑)だから、TVのディレクターに相談したんです。「自分は、何に向いてるでしょうか?」そしたら、「おまえはサービス業以外、あり得へんやろ」と言われました。それを真に受けて、京都外国語大での学びも生かせる旅行業を受験。でも、何にも考えてない自分でしたからJTBなんて存在も知らなかった。「日本の旅行会社やから日本旅行!」それだけでした。(爆笑)ただし、受けるからには選んでもらうんじゃなく、選ばせてやるという気持ちで受けました。大きい会社ですから、一次、二次、英会話面接、役員面接というハードルの連続でした。

 まず一次試験。僕が受けた日だけでも会場に300人もいるんです。「こりゃ、普通じゃアカン」と思いました。それで試験官が「最後に何か質問ある人?」と言うので、挙手して「京都外国語大の平田です!御社はバイタリティと情熱のある人材を求めていると書かれていました。だったら僕を採用してください!」と言いました。(笑)何を言うとんねん!と言われましたが、面白いと言われて二次試験に進みました。

 二次試験は、グループ面接。「円高と旅行業の関連」というテーマに対して京大とか東大の人がまた、小難しいことを言うんですよ。(笑)僕は、そういうのは分からなかったから、「世界一の日本旅行で働きたいです!」と言いました。当時、日本旅行は日本一でさえなかったですから、担当者も不思議そうに僕を見ていました。僕は追い打ちをかけるように「みなぎる活力と情熱があれば、円高も円安も関係ありません、情熱やったら誰にも負けません、この情熱で御社が世界一になるために貢献したいです!」と言うたら、「素晴らしい!君が言ったのは、まさしく当社の経営理念だ!」と褒めてくれました。「じゃぁ、内定ですか!?」と聞いたら、「いやいや、次の試験。」と言われて、コケました。(爆笑)

 三次試験は英会話、最後が役員面接。時間がないから少し省略しますが、結局の所「他の人は判で押したような同じ答え、平田は面白い」という評価を受けて、内定を頂きました。

 皆さん!これから素晴らしい人生が待ってます。素晴らしい人生にするには、たくさんの人と出会うことです。最終的に残るのは、人の心やと僕は思います。

 僕は、会社の中で異端児と言われてきました。日本旅行と言えばJRの子会社です。JRはガチガチのお堅い会社ですから、「平田屋」なんていう社内ブランドなんて、普通はできません。当然、嫉みやバッシングの対象でしたが、一部の上司や周囲の人に助けられてなんとかやってきました。

■僕のサービスと、他の人のサービス

今のガイドは、バスの中でお客さんを寝させるでしょ?あれね、お客さんの為と言いながら自分が楽をしたいからですよ。僕は、バスの中でしゃべりまくります。カーテンも閉めて、僕に集中さすんです。(笑)今、一番ウケてるのは、夜の食事のときにウェディングドレスを着て登場するんです。(笑)それだけでも、キャーキャー盛り上がって、写メもバシバシ撮られますけど、最終的にキャンドルサービス言うて、鍋の固形燃料に着火してまわるんです。(爆笑)ある意味、自分をさらけ出すんです。あとね、誕生日のお客さんがおったら、ケーキ用意してみんなでお祝いする。そうしてお客さんが、自分の誕生日じゃなくても人がお祝いされてるのを見て「ここまでしてくれるんや」となる。個人個人で動いているお客さんが、あたかも一つの家族になったような雰囲気になるんです。これを僕は「和む」と言うてるんです!

 サービス業という仕事は、一生懸命やって結果が出た時に泣けるんです。そういう仕事なんです!大切なのは、お客さんに対して一生懸命に取り組むこと。言われる前にやるということです。皆さんは、そういうシゴトのできる人になるために、専門学校に入ったんやと思います。自分じゃなくてお客さんが楽しむことを考える。例えば、お客さんが豪華料理を食べてる時に、違う場所でおにぎりを頬張りながら宴会芸の準備をしたり、次の段取りをしたりする。でも、お客さんが喜んでくれる、「ありがとう」と言ってくれることが、何より嬉しいんです。

 日本旅行だけじゃなく、おそらく他社も含めて旅行業はきつい業界です。それでも、お客さんに喜んでもらえる感覚を伝えたくて、就活応援ツアーを組んだこともありました。一般のツアーにガイドとして学生が参加するんです。僕と同じように女装しろと指示しますが、すごく嫌な反応しか返ってきません。それでも無理矢理させて登場させたら、お客さんが喜んで、結局はピースで写メまで撮ってもらってました。(笑)このツアー終了の一週間後だったでしょうか、参加した学生からお礼の手紙が届きました。


 “今までコンビニのアルバイトを安い時給の単純な仕事としか考えていなかったけど、今回のツアーでつかんだ「お客さんを喜ばせる」という気持ちで仕事をしたところ、自分を選んでレジにお客さんが並んでくれました。”


と、書いてありました。このツアー、やってよかったなぁと思いました。

■学ぶことで実現する、仕事での感動

僕は日記を書いていますが、ひとつだけルールを決めてます。その一日に満足したら、◎印を付けるんです。1年目は46日しかありませんでしたが、去年は236日もありました。悔いのない生き方をしていたら、不思議とそういう人が寄ってきます。僕のツアーはリピーター7割、ファンクラブ会員の中には、ツアー参加費に年間100万200万と使う人がざらにおるんです。そういう「人の財産」が今の僕を支えてくれてるんです。

 今、僕の長男がデパートに勤めてます。最初の配属は、傘売り場でした。なかなか売れないと嘆くんで、「当たり前や、傘を売ろうとするからや。自分を売れ。」と言うてやったところ、しばらくして「僕から3本も買ってくれた」という報告がありました。ところが、そのすぐ後に和菓子売り場に転属になったと知らされました。(笑)でも、すごいのは、傘を買ってくれたお客さんが、息子を探して和菓子売り場に買いに来てくれたんだそうです。

 皆さんは、そういうことが学べる学校にいます。それぞれの立場や視点で、目の前のことを一生懸命やって欲しいんです。

■仕事で感動が実現した事例

僕が作った旅行企画のなかで、「快Go!」ツアーというのがあります。きっかけは、常連のお客さんの旦那さんが脳梗塞で倒れて、それでも車椅子で僕のツアーに参加してくれたことでした。車椅子の旦那さんは何とか楽しんでくれましたが、車椅子を押す奥さんは疲れてはった。この奥さんを救いたいと思ったんです。介護福祉士の方にお願いして、温泉での入浴介助も含めた旅行を実現しました。当初は責任や保険の問題で無理だと言われましたが、何とか実現した1泊2日。温泉につかりながら旦那さんの「まさか、こんなことが出来るとは思わなんだ」という言葉、奥さんの楽しんでる様子があって、終わった時にはお客さんと介護福祉士さんと抱き合って喜びましたよ!そして!感動はそれだけではなくて、後日奥さんから電話を貰って、「主人が、主人が、一人で歩こうとしてるんです!壁や手すりを頼りながらやけど、今度は自分の足で旅行に行くんやと、歩こうとしてるんです!」って言うんですよ!泣けましたねぇ!

 僕はサラリーマンだから給料をもらいますが、本当に嬉しいのはお客さんから「ありがとう」と言われることです。僕らの仕事は、旅行を通じてコミュニティを作ることやと思います。人は一人ひとりで存在しますが、いつ病気になるか、いつ事故に遭うか、いつ死ぬかなんて分かりません。喜んでもらえることで、お客さんやスタッフに和みが生まれて家族のような一体感が生まれる。仕事ではありますが、素晴らしい瞬間なんです。何度も言いますが、人生はあっという間です。そんななかで、生きててよかったと思える仕事をして、楽しかったと思える人生にして欲しいんです!

 僕は、ツアーの夕食でお客さんのお祝い会をよくやります。誕生日、結婚記念日など内容は様々です。あるツアーのお祝い会の時、お客さんから「もう一つお祝いをして欲しい」と言われました。「自分の母親は、医者に余命半年と宣告された。病院で入院してる間は一回も笑わなかったけど、今日はケラケラ笑うてる。どうか、お祝いしてやって欲しい」と言うんです。もう、僕も含めてお客さん全員が感動ですよ!「お母さん、半年後に美味いカニのツアーやるから、絶対来てなぁ!」と言うて、みんなでお祝いしました。

■一生懸命やることで「社会の東大」で学べ

これが普通の添乗員の業務範囲かというと、おそらくノーでしょう。でもね、ツアーの結果は「お客さんにどうやって元気になってもらうか」でしょ?そういう気持ちで僕は仕事をしてるし、「施し」は、「程を超える」くらいやるもんやというのが、僕の親から受けてきた教育なんです。

 新米添乗員の頃、右も左も分からなくて案内をバスガイドさんに頼り切って、新幹線の方向は間違いそうになるし、弁当は積み込み忘れそうになるしで、大変な仕事がありました。でも、その分を取り返そうと、お客さんの身の回りのことを一生懸命やりました。そしたら、お客さんはやっぱり見てました。

「あんたは、添乗員としては失格やけど、あんたのええ所は一生懸命なとこや。

  お客のプロとして言う。あんたなら社会の東大を卒業できるかもしれへん。」

と言ってくれました。本当に感謝の気持ちで、涙が出たのを覚えています。

 最後に、皆さん、とにかく一生懸命に目の前のことをやってください。東大、京大がナンボのもんじゃい!です。皆さんは、専門のことを勉強して「社会の東大」の卒業を目指して下さい。ありがとうございました。

■編集後記

〜アゼルバイジャンの夕暮れは 女満別の夕暮れと変わらない〜というフレーズではじまる楽曲「空があるかぎり」で、中島みゆきはこう書いている。

 空がある限り 私の暮らす町

 なつかしさも わずらわしさも

 美しさも 汚さも

 あなたと私の町


例えば空という共通の価値観(の土台)があれば、人は「和む」ことができるのだろう。平田氏の場合は、それが旅行という空間なのだ。それは、時間と場所を共有した上に心を共有した、旅行という極上の空間だ。

今回、志・未来塾史上最大の爆笑と、最前列の質問者が涙ぐむ程に「熱量」の伝わる講演であった。新潟という地を、「一番素晴らしい」とサービストークが飛び出していたが、それでさえ僕たちを喜ばせようとする平田氏の「本能的施し」の一つであろう。


学生諸君。仕事の成果で、感動して泣けるのだ。そんな素晴らしいことって、他にあるだろうか。そんな仕事ができるように、目の前のことに情熱を注いでいこうではないか。なにしろ、僕たちは志・未来塾という空間を、日本一のカリスマ添乗員と共有した仲間なのだから!