NSGカレッジリーグ
第2回 志・未来塾 取材後記

講師:能登 剛史

テーマ:「感動力と原動力は文化力 〜にいがた総おどりを通じて〜」

講師プロフィール

1973年生まれ、秋田県能代市出身。
高校生で初渡米、同世代の個性きらめくさまに触発され、18歳でニューヨークへ留学。帰国後、会社勤めの傍ら地域づくりや環境問題などさまざまなボランティアを経験。2001年に共鳴する仲間と「新潟総踊り祭」を立ち上げ。翌2002年に新潟商工会議所と新潟総踊り祭実行委員会(会長=新潟商工会議所会頭)を設立し、副委員長に就任する。同年第1回新潟総踊り祭は50団体2500名が参加。2004年には新潟でかつて行われていた盆踊りを現代的に再現しようと新潟下駄総踊りを制作し県内外、海外でも公演。2010年の第9回では参加者1万3千人、観客32万人、経済効果34億円となる。2011年フランスナント市で現地学生らとフランス事務所を開設。世界発信を目指す。同年、安吾賞において新潟市特別賞を受賞。

講演要旨・取材後記

新潟総おどりの概要

最初に、新潟総おどりについて概要をお話します。
当日の万代シティは、「ここは本当に新潟か!?」と思う程の人混みに埋め尽くされます。2013年の実績で言うと、13万5千人もの観客動員数となりました。(ただ、最終日が台風で開催できないという、総おどり史上初の残念なことになりました。)参加者数は198団体13,000にものぼり、3才から80才代の方まで幅広い参加があって、なかでも40代~60代の参加者の方が一番多かったようです。皆さん、おじさんやおばさんと思って馬鹿に出来ません。この世代の方はとても元気です。年齢ではなく、気持ちが大切なんだと思います。そして、なんと言っても経済効果が約14億円もあるということです。
最近考えていることですが、「祭り」は地域で行うお年寄りの集まりから、一つの巨大なメディアになっていると言えます。それぞれのチームに、場合によっては著名なアーティストが関わっていたりもします。また、踊ったり作ったりしているのは、皆さんと同じ世代の人たち。行政や地域ではなく、若いパワーが集まって作っている。だから達成感や感動も、とても大きいですし、感動はその人の人生において心を大きく動かしていく源になります。
ところで皆さん、祭りをやろうと思ったとき、何から始めますか?始めた当時、私は自分の中にあふれる「祭りをやりたい!」という思いだけで行動していたので、普通の人が辛いと思うことも、全く気になりませんでした。ただ、最初は自分の僅かな財産を処分してパソコン1台から始めたのです。それが現在では、14もの会場で行われるようになりました。多くは、地元の商店街さん等が自主的に提供して下さっています。これは、参加した人にしか分からないと思いますが、自主的に会場を提供するから会場間に「個性」が生まれます。例えば、飲み物が振る舞われたり、軽い食事が用意されたり。
最近では、フランスにも会場を設定していて、地元の学生や社会人が運営に携わってくれています。マンガ化もされました。フランスでは、このマンガが日本語の教材として使われていたりもします。
また、私自身は第6回の「安吾賞」で新潟市特別賞もいただきました。
新潟総おどりには、3つのポイントがあります。
1) 江戸時代の盆踊りを再現したものです。
2) 伝統芸能を保存・継承したものです。
下駄総おどりや、樽きぬたなどは日本に僅かしかのこっていない伝統的な芸能であり、またそれらに用いられる道具を作る職人の文化でもあります。新潟総おどりには、これらの保存と継承も含まれています。
3) 学校教育での導入支援を行っています。
特に、皆さんのNSGカレッジリーグでは多くのチームやボランティアで参加をしていただいています。

私自身

それでは、活動を始めたときのことを中心に、私自身のことを少しお話しします。私の生まれは秋田県で、あの坂本龍馬と同じ誕生日に生まれました。幼い頃に新潟に引っ越してきた後、留学などを経験して帰国後に高知の「よさこい祭り」に初めて出会ってとても感動しました。それで、こういう祭りを新潟でやりたいと決心して、会社を辞めました。そのときに持っていた携帯電話、保険を解約し、新車を売り払い、パソコン一つで自分の部屋で始めました。
なぜこんな行動が出来たのかと今考えれば、それが自分の「使命」だと思ったのです。言い換えれば、踊りが、お祭りが地域社会で世の中を作ると考えたのです。友人や先輩からは「どうやって食っていくんだ?」などといわれました。イベント会社に相談したら「ニーズ」「ブランド価値」「協賛の獲得」などをどうするかと問われました。当然ながら、当時の私は何の答えも持っていませんでした。ただ、ダメ出しされたらそれを吸収すればいいと思いました。一つひとつ解決していけばいいと思いました。
例えばお金のことですが、協賛金を集めるのは容易ではありません。補助金を貰おうにも、そのためのルールがたくさんあって、文章力や説得力が必要でした。(補助金の元は税金ですから、当然といえば当然ですが。)そんな状況の時に、私が感銘を受けた高知のよさこいを開催している高知市の市長に会いに行きました。すると、私の行動に賛同して下さって、祭りを立ち上げるにあたって、踊りのチームを派遣すると約束してくれました。そして、私も気づきました。参加チームが少ない、周りが祭りを理解してくれないなら、お願いする前に自分で作ればいい。結局、答えを自分の外に求めても見つかりません。
こんな苦労の連続で、なんとか初年度は50団体、5つの会場で開催にこぎつけました。収入がないので、私自身がアルバイトをしながらの実現となりました。それが3年後には、新潟商工会議所さんの助言もあって株式会社を設立、現在に至っています。
最初から、今の形を考えていた訳ではありません。自分自身が情熱を持ったときに、事態が進んでいって、今の形がいつの間にかできあがったのです。誰かの言葉にこういうのがあります。「人生に大切なのは、夢と勇気と少しのお金。」
それが10年後、祭りはある課題に直面しました。「少子高齢化」と「人口の流出」です。踊り手が踊れないほど高齢になったり、県外へ流出したりすると、参加者の減少という事態を招きます。
皆さん、県外で新潟について紹介して下さいと言われたら、何を紹介しますか。新潟総おどりのような祭りが文化として定着していれば、それは人を結びつけ、他の地域との差別化が実現します。文化的なシンボルが全くなくなれば、アジアのほかの地域と区別が付かなくなり、国力が低下することになります。例えば、最近クール・ジャパンと言われるマンガが世界で評価されるのは、絵もそうですが、ストーリーなどに見られる日本人の繊細さです。これは、紅葉や桜を美しいと見ることのできる日本人の感性に起因していると私は思います。言ってみれば、日本人としてのアイデンティティが産む「文化力」のようなものが存在し、これは深く知れば知るほど驚くような日本人らしさであり、東京で無くても地方からでも勝負できるものです。そして、世界と対等に勝負できるポテンシャルを持っています。そうです、新潟にいるみんなにも可能性があるのです。

今後

新潟で二つ目の文化的なシンボルを築くプロジェクトが進行しています。それが「Art Mix Japan」という伝統芸能の集合体のようなイベントです。昨年の第一回は、きっと皆さんもあまり知らないと思いますが、大失敗に終わりました。
今年の第2回目では25の伝統芸能を集めて、1公演を45分と短くして、1,500円〜3,000円と安くしています。内容を分かりやすくするために音声解説も付けており、「何が面白いか」を伝わりやすくする工夫をしています。見に来られたからは30代〜50代がとても多かったようです。見ていただいた方もそうですし、皆さんにも言えることですが、面白いと思ったことを大切にして欲しいです。そうすると、自分の気持ちにアンテナが立ち、必然的にそのことに関する情報が集まってくるようになります。あとは、それらをどう生かすかを考えればいいのです。

最後にクイズ

それでは、終了も近くなってきたので最後に皆さんにクイズを出します。それがないと生きていけないものを6つ挙げてください。
答えは、[1]水、[2]空気、[3]火(太陽)、[4]土。
[1]~[4]は太古の昔から地球に存在するものです。そして、今も皆さんの周りにあります。昔と今、周りと自分が共通のものに包まれている、繋がっていると考えるとも言えます。
[5]個性
最後の6つ目は、何でしょう?なんといってもこれです。[6]愛。
これらが基本にありながら行動することで、夢の実現が見えるのではないでしょうか。私たちは、せっかく同じ新潟にいます。手を取り合って、新潟から世界に発信できるように頑張りましょう。

編集後記

中島みゆきは、楽曲「帰郷群」でこう書いている。

 帰るべき郷に背を向けた者も
 眠りの中では荷造りする
 運んでゆく縁(えにし) 運ばれてゆく縁
 身の内の羅針盤が道を指す

人は、生まれた環境を起点としたアイデンティティを各人が持っている。綺麗な服や洗練されたビルではなく、生まれ育った環境がDNAの土台を構成するのだ。
学生諸君、人生において哲学的な疑問に答えそのものが外部からもたらされることは、ほとんどない。自分の中にしか答えは存在しない。だとすれば、自らのDNAを見つめ、DNAの共通部分を通わせる機会は、とても大切なのだ。新潟に限らず、世界のあらゆる都市で「祭り」はその機会として機能してきた。新潟総おどりに参加してみれば、同じDNAを持つ仲間が周りにたくさん存在することに気づくだろう。

講演中の様子