NSGカレッジリーグ 第4回志・未来塾

「君たちに伝えたい幸せの法則」

講師:木下 晴弘

講師プロフィール

学生時代に大手の進学塾の講師経験で得た充実感が忘れられず、銀行に就職した後わずか40日で退職し、同塾の専任講師になる。

生徒からの支持率低迷の状態から、あらゆる改善と工夫で支持率95%以上という驚異的な成績を達成。多数の生徒を、灘高校をはじめとする超難関校に合格させる。

その後、関西屈指の進学塾の設立・経営に役員として参加。「授業は心」をモットーに、学力だけでなく人間力も伸ばす指導で、生徒・保護者から絶大な支持を獲得。以後10年間にわたり、講師および広報・渉外・講師研修など様々な業務を経験。

現在、株式会社アビリティトレーニングの代表取締役として、全国でセミナーを実施。

-木下 晴弘  氏

■イントロダクション

講演の様子

冒頭に、皆さんに感謝しなければいけません。

今日はここに招いていただき、忙しい中参加していただき、時間を割いていただき、話を聞いていただく。いただいてばかりで、とても有り難いことです。

先ず、自己紹介からさせていただきます。


私、木下晴弘48歳、大阪の豊中市に生まれました。実は、結構なエリート校を卒業していますが、勉強が大嫌いで高校を卒業して予備校に3年も通いました。その後大学に合格したものの、母から「大学に行くために用意した費用はすべて予備校に払った」と言われ、生活費と大学の学費を稼ぐ必要に迫られました。そこで、時給の高い塾のアルバイトを選んだのが、大阪で有名な学習塾。そこでは、講師の給与をシビアに決定するアンケートが実施されていて、私はずっと悪い評価のままでした。すなわち、生徒に待たれていない講師だったのです。待たれていない講師が教室に入るというのは、とても辛いことです。そんな日が続き、とうとう私は辞表を出すことを決意して廊下を歩いていました。すると、尊敬する(アンケート評価の高い)先輩の講師から声をかけられました。その先輩は、辞める前にある人に会うことを勧めたのです。

■おじいさんとの出会い

その「ある人」とは、東京に住むおじいさんでした。当時、東京まで往復5時間で4万円ほどかかり、迷いましたが先輩からの強い勧めで会いに行くことにしました。そして、その方から、人生で成功するための、ある「法則」を教えてもらいました。せっかく会ったし先輩の勧めもあったので、この教えを3ヶ月だけ守ってみようと思いました。すると、アンケートの結果が向上し、給与という形になって現れてきました。もしかして、この教えはホンモノか?と思ってもう3ヶ月だけ延長してみると、結果はさらに向上しました。


今では、本もたくさん出させてもらい、年間200回を超える講演もさせてもらっています。ある日、おじいさんにお礼がしたいと言うと、お礼など不要だから後輩にこの法則を伝えてくれとおっしゃいました。そういうことで、今日、皆さんにその法則をお伝えします。ただ、実行するのは、あなたたちです。

■「何のために・・・?」

おじいさんとの会話は、次のようなものでした。

おじいさん「木下君、君は何のために働くのだね?」

木下「・・・」

おじいさん「人は誰でも生まれてきたからには、何らかの役割を持っている。働くとは、その役割を果たすことだ。」

木下「なぜ、役割があると分かるのですか?」

おじいさん「論理的に説明するのは難しいが、こう考えてみよう。自然界に、何か無駄なものがあると思うか?」

木下「いやいや、自然は調和が取れているから、無駄なものはないでしょう?」

おじいさん「では、人間は間違いなく自然のなかの一部だね。よって、無駄な人間など一人も存在しない。だから、全ての人が何らかの役割を持っていることになる。」

私は、言葉が出ませんでした。何の矛盾もない、完璧な説明でした。

木下「・・・私のような人間にも、役割があるでしょうか?」

おじいさん「もちろん、ある。木下君は、目の前の教え子に、その役割まで思って教えているか?自分の役割すら果たせてないなら、教え子の役割を思うことは、到底できない。」


おじいさんの教えをまとめると以下の通りです。

「人は、全て役割を持っている。それは、働くことによってのみ果たすことができる。役割とは、周りの人の役に立つから役割と呼ばれ、それはその人の長所にのみ存在する。

長所を磨ききれば、短所は気にならなくなる。自分の長所に気づき、これが自分の役割だと気づきそれが働くことと結びついたとき、人は幸せにならざるを得なくなる。」


人が幸せになるとき、2つの要素が必要です。一つは、「物質的な豊かさ」です。これは、お金によって成されます。ただ、これだけでは人は生きていけない。では、もう一つ何が必要かというと、「精神的な豊かさ」。これは、信頼、感謝、愛によって成されるのです。


さて皆さん、これらの要素を一気に手に入れるための法則があります。それが、

【人に与えたものは、必ず自分に返ってくる】

という普遍的な法則です。これまで成功してきた人、あるいは現在成功している人たちはこれに気づき、頭でなくハートで理解して、実行し続けた人たちなのです。

■学生だからこそ考えてほしいこと

学生である皆さんには、合わせて伝えておくべき大切なことがあります。それは、勉強が自分のためというのは間違いだということ。先ほど述べた普遍的な法則に従って人に喜んでもらうには、人のできないことをする必要がある。そのために勉強が必要なのであって、自分が喜ぶためにするのではないのです。

そして、人に喜んでもらう生き方をするようになったとき、学歴・地位・権力は、どうでもいいものに見えてくるのです。なぜならば、これらは自分が喜ぶためのステータスだからです。


どうでしょう、皆さんに伝わっていますでしょうか。もし、人から親切にしてもらいたいなら、自分が人に親切にすること。応援してほしければ、自分が応援すること。幸せになりたいなら、周りを幸せにすることが、必要なのです。

これから生きていくなかできっと気づくと思いますが、この事柄を喜多川先生の言葉をお借りして伝えるなら、本当に手に入れたいものは、もらう側にまわっていては手に入らないということなのです。与える側にまわらなければ、手に入らない。でも、私たち人間は、つい「もらう」ことに頭が行ってしまう。場合によっては、「奪う」ことになることもある。ここまで聞くと、テロを撲滅する手段は「攻撃」じゃないだろうと、なんとなく分かりますよね。


ここで大切なことは、「与える」とは一度だけでなく「与え続ける」こと。そして、与えた相手から直接返ってくるとは限らないことです。たとえば、10個のミカンを3人で分けるとき、自分は2個でいいから周りに4個ずつあげるということ。これを習慣としてやり続けることが「与える」ということなのです。そして、返ってくることを狙ってしまうと、続けられません。

ディスカッションする学生

■エルトゥールル号の奇跡

ここで、一つエピソードを紹介します。

時は1890年、トルコ(当時のオスマントルコ)の船エルトゥールル号が、親善の目的で横浜に入港していましたが、帰路についたばかりの和歌山県沖で、折からの台風に遭遇して沈没。ほとんどの乗組員が死亡または行方不明となりました。しかし、奇跡的にある島に泳ぎ着いた乗組員を、島民が食料や衣服を与えて必死の看病を行い、漂着した全員が健康を回復し、日本国政府の動きによって無事帰国できました。

およそ100年後の1985年、イラン・イラク戦争の戦火が激しいなか、当時のフセイン大統領によって「48時間猶予の後、領空を飛ぶ飛行機は全て攻撃する」と宣言され、多くの日本人が戦争中のイランに取り残されました。救出しようにも当時の自衛隊は制度上の理由で海外に飛べず、ましてや民間の航空機はリスクが大きくて無理でした。そんななか、トルコの民間航空会社「トルコ航空」の2機が、日本人を救出するためにイランに飛んでくれたのです。当時の関係者は、「我々は、エルトゥールル号の恩を返しただけだ。」と語ったそうです。おかげで、イランに取り残されていた日本人全員が出国でき、しかも多くのトルコ人が陸路で脱出したのにも関わらず、日本人を優先に運んでくれたのです。そしてそのことについて、当時のトルコ人のほとんどが当然のことだと考え、トルコ国内から不満も出なかったということです。


なんと素晴らしい話でしょう。東京オリンピック決定の瞬間、トルコの首相と日本の首相が真っ先に抱擁したような日本とトルコの親善関係の背景には、このような「見返りを期待せず、トルコ人のために行動した日本人」という歴史があったのです。

■「他人に敬意を表する心」

さて、多くの人に与えられる人とは、どんな人でしょう。それには他の人を敬う心が必要です、具体的には、感謝、愛、信頼などがこれにあたります。ただ、人はなかなか他人を満たすだけの生き方はできないものです。だからこそ、その前に自己の心を満たす「自尊心」が必要です。自尊心とは誇りのことで、プライドのことではありません。誇りは、自分の中で完結し、自分のために自分で与えるものです。プライドは、他との比較で、優劣などを意識するものです。


ここで、また一つエピソードを紹介します。江戸時代に失業状態であった武士たちは、武士道というかたちで他尊心を確立した。その武士道の精神を受け継いだ明治時代の日本人は、日露戦争においてロシア人捕虜に対して最大限のもてなしをした。そのことが最終的に、ロシア人の戦意を喪失させて勝利につながったといわれています。

ディスカッションする学生

■あきらめないことが招く未来

これまで話してきたことを実行するとき、必要なことが「あきらめないこと」です。アメリカの野球選手ピート・グレイは、6歳のときに事故にあいましたが、野球が好きでたまりませんでした。そんな少年に、父親は「あきらめるな、やればできる」と教えたのです。その教えのもと、ひたすら練習をつづけたピートは、24歳でようやくセミプロ球団への入団が叶い、マイナーリーグなどを経て30歳でついにメジャーリーグの選手として夢だったヤンキーススタジアムに立ちました。待望の初打席。三振に終わりましたが、会場からはスタンディングオベーションが鳴り止まなかったそうです。

6歳の頃に事故で片腕をなくしていた彼の好きな言葉は、「A winner never quits(勝者は、決してあきらめない)」だそうです。


皆さん、これから色々と大変なことに直面すると思います。どうか、決してあきらめないでください。大阪から来た、変なおっさんがそう言っていたと、ふと思い出してもらえれば幸いです。ありがとうございました。

志・未来塾の写真

■編集後記

木下先生の、「人に与えることが自分の幸せにつながる」という、熱気あふれる講演を聴き終えての帰り道。中島みゆきの「惜しみなく愛の言葉を」という曲を思い出した。


「もしも私の愛の言葉の あらん限りを君に贈れば

もう明日から言葉も尽きて 私は愛に置き去りかしら

いいえ私は明日をも知れず 今日在るだけの一日の花

いいえ私は明日を憂えず 今日咲き尽くす一日の花

惜しみなく愛の言葉を 君に捧ぐ 今日も明日も

惜しみなく愛の言葉を 君に捧ぐ あらん限りに」


自分の得を考えず、相手に与えることこそ、愛や信頼の本質なのかもしれない。

ネットで手軽につながることのできる時代だからこそ、周囲を愛すること・信頼することを大切にして生きてほしい。せっかく生まれてきて出会った家族、友人、先輩、先生、「志・未来塾」で同じテーブルに座った仲間・・・さてこんなことを書いている自分は、人のために何かを与えられているだろうか・・・

明日を憂えず、相手に何かを与える。学生諸君、花としてそんな咲き方も、悪くないのではないか?